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      ビジョンケア・髙橋政代氏「研究はあらゆる新しいものの源泉。それを社会を変える力に変えてゆく」

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      技術的に優れているだけでは、最先端のサイエンスを社会で活用することは難しい。そこまでにはどのような道のりがあるのか。世界初のiPS細胞を用いた移植手術という、生まれたばかりのサイエンスを社会実装させる第一歩を切り拓いた理化学研究所の髙橋政代氏にお話を伺った。※本記事は2019年6月発行「研究応援」vol.14に掲載されたものです(編注:髙橋氏は2019年7月に理化学研究所のプロジェクトリーダー職を辞し、同年8月よりビジョンケアの代表取締役社長に就任)。

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      髙橋政代 氏

      株式会社ビジョンケア 代表取締役社長

      iPS細胞で開けた眼科治療の新たな扉

      2007 年に京都大学の山中伸弥教授らによってヒト細胞でのiPS 細胞の樹立成功が報告されたことは、世界中で研究と臨床応用が進んでいた再生医療の世界に新たな選択肢をもたらした。眼科医であり、20 年以上幹細胞を使った研究に取組む研究者でもある髙橋氏も、この研究成果で治療を加速させた一人である。

      対象としていたのは、加齢黄斑変性という、網膜の中心部にある黄斑と呼ばれる1.5mm ~ 2mm の領域に障害が生じることで視野が失われる疾患だ。日本国内でも70 万人ほどの患者がいるとされている。網膜の最外層である網膜色素上皮細胞に起こる異常によって引き起こされるため、髙橋氏はこの細胞を補う、もしくは入れ替えることで加齢黄斑変性を治療する方法を研究していた。

      「ES 細胞を使った動物試験で効果検証までは終わっていて、安全性が確認できれば実装できると考えていたので、iPS 細胞の報告が出た時に世界で最初に治療を実施するのは自分たちだと確信しました」と当時を振り返る。

      それから7 年経った、2014年9 月12 日に世界で初めてiPS 細胞を使った手術を行い、話していたことが現実のものとなった。

      基礎研究も臨床研究も知っていたからできたこと

      もともと眼科の臨床医だった髙橋氏に転機が訪れたのは、米国ソーク研究所に留学した時まで遡る。選んだ先は脳の基礎研究分野で、ボスは世界で二番目に神経幹細胞の培養を始めた研究者だった。

      「神経幹細胞を培養している眼科医は世界で自分1 人だけ。自分がこの研究を医療に繋げていかないといけないと思った。やらないと5 年は治療が遅れてしまうだろうと感じました」。

      そんな責任感のようなものが髙橋氏の背中を押した。ここから、眼科医と基礎研究者の二足のわらじが始まる。網膜再生治療は様々な人から絶対に無理だと言われていたという。

      しかし、基礎研究と臨床の両方の立場を知る髙橋氏にとっては、基礎研究の人に臨床の知識が不足しているために無理だと言っているケースや、臨床の人に基礎研究の知識が不足しているために無理だと言っているケースがあることを俯瞰して見ることができたため、軸をブラすことなく進むことができた。

      異分野との融合で作り出されるバイオロジー

      iPS 細胞を使った加齢黄斑変性の治療は新たなフェーズを迎えている。2014 年に行った第一例の手術の際に用いられたのは、患者ご本人の細胞から作ったiPS 細胞から誘導した網膜色素上皮細胞だった。

      再生医療には、本人の細胞を使う自家移植と他人の細胞を使う他家移植の2 種類があり、現在取組んでいるのは後者の他家移植による治療だ。この方法では他人の細胞を培養して使うため、治療用に大量培養が可能になる。そのため治療コストの抑制など、より多くの人が治療の恩恵に預かれると期待されている。

      しかし、以前からiPS 細胞の培養には人的なボトルネックがあることが知られている。培養する技術員のスキルによって細胞の良し悪しが大きく変わってしまうのだ。いかに、熟練の優れたスキルを持つ技術員のスキルを汎用化し、大量培養を実現するか。髙橋氏らが選んだのはロボット技術の利用だった。

      生命科学の研究では、文字化された実験プロトコルには載っていない暗黙知が多く存在する。それを数値化し、学習させたロボット集団に実行させることで誰がやっても同じ結果を出せる環境を実現させようという試みだ。

      髙橋氏は、このバイオロジーをRobotic crowd biologyと表現する産総研の夏目徹氏、理研の髙橋恒一氏らと共に「異次元のバイオロジーを目指しています」という。すでに数値化した匠の技を実験ロボット“まほろ”に学習させ、培養させてみることで、匠のコツがどこにあるのかも明らかになりつつある。

      強い意志と責任感が研究の裾野を広げる

      髙橋氏は現在、眼科医、研究者という立場に加えて、公益財団法人ネクストビジョンの理事、株式会社ビジョンケアの代表取締役社長という4つの立場を持つ。目指すところは病院から医療を解放し、より身近な医療を実現していくことにある。

      「ひとつの立場では実現が難しいことでも、組み合わせることでできてしまうことが沢山あります」と、実感を持って髙橋氏は説明してくれた。終始感じたことは、患者のためであればなんでもやってみるという強い意志と、そのために周りを巻き込んで実現させようとする強い責任感だ。

      現在では、実験室の中から飛び出して視覚障害の人でも運転できるようにする自動運転技術の開発にも挑戦している。髙橋氏の研究スタイルは、強い意志と責任感を持つことが、異分野の人々を巻き込み、研究の裾野が大きく広がっていくことを示していると言えるだろう。

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