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      製造業も知識を売る時代へ

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      ピーター・ドラッカーが「製造」に従事する労働者との対比として「ナレッジワーカー(知識労働者)」の概念を提唱してから60年が経過し、製造の価値もまた「知識」へと移り変わっていく。知識製造業を営むリバネスは、2020年5月に製造開発事業部を発足し、従来型の製造業の低迷にあえぐ日本を、知識を活かした開発拠点へと進化させるべく、製造プラットフォームの再定義に挑む。 ※本記事は2020年6月発行「創業応援」vol.18に掲載されたものです」

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      変わり続ける製造業

      過去50年ほどの歴史の中で、日本の製造業を取り巻く環境は大きく変化し続けている。高度経済成長期に代表される大量生産、大量消費の時代を経て、海外での現地生産が拡大しグローバルサプライチェーンの構築が進む一方で、国内製造業の空洞化が憂慮されるようになった。

      また、2012年に発売されたクリス・アンダーソンの書籍「MAKERS」以降、急速に増加したベンチャー企業の製造業進出や、IoTによるモノとサービスの境界の希薄化など、多品種小ロット生産・シェアリングエコノミー等の情報化社会を前提とした社会へと大きく様変わりしている。

      デジタル化を実装して経営と製造(工場)を明確に切り分けた欧米メーカーに対し、トヨタのかんばん方式に代表される、現場主義に基づいた改善活動により一度隆盛を極めた日本の製造業は、情報化社会の変化に順応できず、多くの日本企業が生産性の面で遅れを取る事態になっている。

      そしてそれと並行して、過去には大手企業の下請けとなり産業を支え、ともに成長してきた町工場は受注減の苦難に直面し、下請け体質の脱却が求められている。大手企業、町工場ともに共通するのは、「イノベーション」という言葉にくくられる、従来とは異なる、新しいものづくりへの渇望だ。

      下請からの脱却に必要なもの

      従来と異なるものづくりとは一体何なのか。そのヒントは経営学者として知られるピーター・ドラッカーが1960年の著書『新しい現実』の中で提唱した「ナレッジワーカー」にある。ナレッジワーカーとは知識による新たな付加価値を生み出す労働者、つまり「知識労働者」であり、欧米式の製造業で行われる、工場の単純労働との対比として描かれたものだ。

      そして、新しいものづくりとは、工場での単純労働を前提とした製造業ではなく、開発段階における不具合箇所の早期発見や、段取りや製造工程の効率化、製造特許の取得といった、知識労働にフォーカスした製造業だ。

      リバネスは、2012年から製造業との関係性を深める中で、この結論に至った。「従来の製造産業の構造破壊と新しい製造プラットフォームの構築」という壮大なミッションの始まりは、一人の工学系社員の「町工場と仕事がしたい」という情熱からだった。

      バイオ研究の現場で使われる実験機器をちょっとした工夫で効率が上がる形状に変えるアイデアを考案し、たまたま出会った墨田区の浜野製作所という町工場に製造を依頼したのだ。

      当時我々にはものづくりのノウハウがなかったため、用途・目的を伝え、作製方法や形状はお任せした結果、欲しい機能はそのままに、圧倒的に加工工程の少ない、原価の安いバイオ実験機器「MEGACOMB」が誕生した。

      このとき、町工場の製造に関する知識の大きさと、それを引き出すためのコミュニケーションの重要性に気づき、町工場とリバネスのサイエンスブリッジコミュニケーター®がタッグを組むことに大きな可能性を見出したのだ。

      リバネスは2012年から製造業との関わりを継続的に深めてきた。

      商習慣が阻む知識の顕在化

      しかし、可能性を感じると同時に、町工場による知識の顕在化を阻害する理由も明らかになる。2013年に墨田区から依頼を受け、10台の自転車を購入して一夏で区内3551社の事業者全てを巡る調査を実施した。

      素晴らしい技術と経験という現場の課題解決につながる知識を持った町工場が数多く存在する一方で、経営に行き詰まりを感じている町工場の多さを目の当たりにした。その多くが販路開拓に課題を掲げている一方で、新規事業という発想がない事業者が半数以上を占め、既存事業の枠を出られない点が明らかになった。

      そして、最も重要な課題は日本の製造業における見積りの商習慣にあった。町工場の多くは企画や設計に付加価値を出していたとしても、見積りは部品単価×数量で算出する。結果として、例えば海外のベンチャーが中国やベトナムの工場に出した見積りと、日本の町工場で出した見積りを比較すると、同じ部品の値段が、日本の場合には数倍高くなる。

      実際には、言われた図面に対して、その製造コストを部品代として見積りを出した海外の工場と、ベンチャーが困っているものづくりの課題を解決できる知識を付与し、部品代以外の知識労働により付加価値を出している日本の町工場では業務内容から違うのだが、日本の町工場はそれを部品代にインクルードしてしまうことで、自社の提供している付加価値を適切に説明できていない。

      日本では、大手企業を頂点としたサプライチェーンの影響により、当たり前になっているこの見積りの立て方、つまり知識に価値をつけない商習慣こそが日本の製造業を飛躍させる足枷になっている。

      町工場はベンチャーのパートナーになれる

      既存製造業、特に町工場における知識労働の付加価値を、どうやったら顕在化できるのか。その課題を解決すべく、町工場である浜野製作所とリバネスが連携して開始した新規事業が「ベンチャー企業向けのプロトタイピング支援」だった。

      浜野製作所は墨田区の協力を得て、自社の一部をベンチャーインキュベーション施設へと改修。「ガレージスミダ」と名付けられたこの施設を活用し、当時まだ無名であった次世代型電動車椅子のWHILLや、分身ロボットのオリィ研究所の試作を支援した。そしてこの事業が大きな転機になったのは、2014年3月に開催された第1回テックプラングランプリだ。

      浜野製作所の浜野社長が審査員として参加したこの取り組みで、最優秀賞を受賞したのが清水敦史氏(現株式会社チャレナジー代表)だ。当時、起業前で仲間もおらず、潤沢な資金もなかった彼のために、浜野製作所はガレージスミダを本拠地として提供し、ものづくりをゼロから支援した。

      当時スタートしたNEDOの「研究開発型ベンチャー支援事業」に採択を受け、テックプランターで優勝した副賞の事業資金と合わせてPoCのための試作機を開発した。試作機ができたことで事業会社やメディア、VCからも注目を集め、集めたお金で再度浜野製作所とものづくりに励む。

      浜野製作所は、どのプロセスにおいてもチャレナジーの抱えるものづくりの課題に寄り添い、下請けではなくパートナーとして解決し続けた。そして、VCからの資金調達を成功させ、現在では10kW機を開発して石垣島に設置し実証を続けるとともに、フィリピンの国営企業と合弁会社を設立し、フィリピンでの実証を進めている。

      町工場がベンチャーとタッグを組みパートナーとなれること、町工場が知識ベースの価値創造ができることが証明されたのだ。

      日本全国に広がるスーパー町工場集団

      2015年、ちょうどテレビで「下町ロケット」が大ヒットした時期、町工場がベンチャーと組んで成長していくこのストーリーは様々なメディアに取り上げられ、急速に認知度を高めていく。その後もソーラーパネルの掃除ロボットを開発する未来機械やドローンベンチャーのエアロネクストをはじめ、多くのベンチャーがガレージスミダの支援によりものづくりを加速させている。

      2018年にはガレージスミダの取り組みが第7回ものづくり日本大賞の経済産業大臣賞を受賞。さらに平成天皇が、町工場である浜野製作所を「ベンチャー支援施設」として視察に来るなど、その重要性は全国的に認められることとなった。

      さらに同年、リバネスは子会社であるグローカリンクとともに墨田区にものづくりに特化したベンチャーインキュベーション施設「センターオブガレージ」をオープンし、町工場と世界のものづくりベンチャーをつなぐ拠点を整備した。

      そして、浜野製作所のノウハウ、成功体験を多くの町工場に共有し、志のある町工場を応援したいとの想いから浜野製作所とともにスーパーファクトリーグループ(以下、SFG)を設立し、ガレージスミダのブランドを他の地域へと広げるチャレンジを開始した。

      医工連携に特化したガレージタイショウ(運営:株式会社木幡計器製作所)や熱流体のスペシャリストであるガレージオオタ(運営:サンケイエンジニアリング株式会社)、製造業以外も含めた地域連携に強みを持つガレージミナト(運営:成光精密株式会社)など、ユニークな町工場 が揃っている。それぞれが自社の特徴を生かしたものづくりに挑戦し、そのノウハウの共有を通じたお互いの成長を実現している。

      SFGは、スタートアップ等の量産に向けた設計・試作の支援拠点を構築する「量産化の壁」突破のための経済産業省事業:「Startup Factory(スタートアップファクトリー)構築事業」にも採択され、多くの成功事例を生み出す日本有数のベンチャー支援グループとして認定されている。経産省のこの取り組みに採択される企業には、大企業のみならず多くの町工場が含まれており、今や町工場がベンチャーのパートナーとなりうる事実は、当たり前の概念となりつつある。

      そして、東京では墨田区と大田区、板橋区、大阪では港区などの自治体とも連携し、海外ニーズの発掘や次世代向けの教育プログラムの実施など、製造業の活性化に向けた中長期的な活動へと広がっている。

      次なる壁は「量産化」

      町工場との連携により、ベンチャーの試作支援の最適解は見えてきたものの、次なる課題として掲げられているのが「量産化の壁」だ。

      この課題については、SFGにおいても試行錯誤を続けているテーマであり、近年では大手企業が空いている工場を利用し、ベンチャーの量産支援を行うサービスも始まっているが、まだ十分な成功事例は報告されていない。

      そのような背景のもと、リバネスでは「量産化の壁」とは何かについて考え続けてきた。一般的に試作品と量産品における製造上のギャップを超える難しさにフォーカスされることが多いが、町工場(部品加工業者)、大企業(メーカー)、ベンチャー企業により、「量産化」という言葉に違う意味が含まれていることに気づいた。

      例えば、町工場にとっての量産化は複数の均一な製品を製造するプロセスであり、大企業にとっては、複数の均一な製品を製造し販売し続けるプロセスである。

      それに対して、ベンチャー企業にとって、「量産化」という言葉は、試作の次のフェーズの製造を指すことが多く、その後いつまで同じ製品を製造し販売し続けるかまでを考慮しない、できないことが多い。この違いにより、町工場が支援しても販売の概念がないため最適な仕様の決定がサポートできない。

      大手企業では量産後の数十年の販売により生み出される利益まで考慮して価格が設定され、研究開発から試作、量産、販売のプロセスは不可逆的に進行し、量産後は長い期間で利益を生み出す。

      しかしながら、ベンチャー企業の場合は、量産の途中で新たな試作アイデアが生み出されて手戻りが発生し、さらには課題意識の変化により製品の仕様自体を見直すプロセスが並行する場合がある。そして何より、製造した製品がどれだけの期間、売れ続けるかの保証もない。

      つまり、量産化の壁とは、数量の問題ではなく、大量生産大量消費を前提とした従来型の製造業モデル(町工場や従来メーカー)と、多品種小ロット生産・シェアリングエコノミー等の情報化社会を前提とした新しい製造業モデル(ベンチャー企業)が抱えるコミュニケーションのギャップであると結論づけた。

      企画や設計者と工場の区分が明確化され、工場は設計者側の指示を忠実に守ることに特徴を持つ海外のものづくりに比べ、部品製造を担う町工場からメーカーを担う大企業まで、工場側が持つノウハウが強い日本において特にその摩擦は大きくなる。

      しかしながら、そのギャップを埋めることができれば、他国には真似できない新しい知識労働としての製造業モデルが確立できるはずだ。

      地域で中核をなすニッチトップメーカーが鍵

      一方、リバネスが地域で展開する地域テックプランターで見えてきたベンチャー支援の第三勢力が、町工場とも大企業とも異なる特徴を有するニッチトップメーカーたちだ。

      これらの企業は、特定のニッチな分野でNo.1のシェアを持つメーカーで、オーナー社長のもとで研究開発から販売までを一貫して自社で展開する。部品加工を得意とする地元の町工場とのネットワークを持ち、地域経済の牽引役として位置づけられている。また、大手企業に比べて意思決定が早く、規模が小さい分、開発・購買・製造・販売といった部署間の連携が取りやすい。

      岡山県で農業用機械・部品の製造、販売を行う小橋工業はユーグレナやエアロネクストといったベンチャー企業との連携を推進し、複数のベンチャー企業に対して出資も行っている。数十億円〜数百億円規模の売上を持つ彼らは、ベンチャーとの連携を通じて今の大企業を超える成長を果たすポテンシャルを秘めている。

      高い設計力と特化した技術をもつ町工場に加え、量産に向けた質の担保と柔軟な対応力をもつ小橋工業のような地域中核製造企業が一体となって、様々な地域に試作開発から量産までを実現する製造プラットフォームの道筋がみえてきた。

      従来型の製造の最適化をベースとした仕組みではなく、知識製造をベースにした仕組みづくりが不可欠となる。そのためには、大企業-町工場の下請け関係とは異なる、パートナーとしての関係性の構築や、見積に表現すべき製造業の付加価値の整理、ベンチャー企業に最適な量産モデルの構築、大学との連携のあり方など様々な課題を解決する必要がある。

      それらを解決した先にある新しい製造プラットフォームは、製造業を新たなフェーズへと押し上げるはずだ。

      インバウンドグローバライゼーションの実現へ

      新しい製造プラットフォームはグローバルに通用するのか?そんな問いへの検証も並行して進めている。

      2017年、当時始まっていた東南アジアでのテックプランターに浜野製作所の浜野社長を連れていき、シンガポールの最終選考会に登壇したベンチャーのうち、ものづくりに課題意識を持っていた7社を対象にした町工場相談会を開始した

      ベンチャーたちから様々な相談が持ち込まれ、リバネスメンバーが翻訳し、浜野社長が回答する。案件の中で浜野社長が「できない」と回答したのは、物理法則的に不可能である1件だけであり、相談内容も多くが日本の町工場にとっては難しくない内容だった。

      さらに2018年からは、大田区より委託を受け「区内企業と海外ベンチャー企業の連携創出可能性調査事業」をスタートする。この事業では、海外の研究開発型ベンチャーが抱えるものづくりの課題を、大田区の町工場のノウハウ・技術を用いて解決することを目的に、海外ベンチャーを対象とする試作開発費助成、試作開発支援を実施した。

      東南アジア6カ国、52件の申請から採択された3社のベンチャーとネットワークに強みのある大田区町工場が連携して、約6ヶ月間に渡る試作開発を進めた結果、海外ベンチャーにとっても満足できる試作が実現された。

      これらの結果から導かれるのは、先進的な製造事業者が持つものづくりの知識は、東南アジアに眠るディープイシューの解決に必要な「ディープテック」を開発するために活用できるという事実だ。

      東南アジアのベンチャーを日本に誘致し、地域で中核を担うニッチトップメーカーと、スーパーファクトリーが融合することで、試作から量産までの課題をシームレスに解決する。それによりできた製品を活用し、東南アジアベンチャーが世界へと羽ばたいていく。

      東南アジア6.5億人のマーケットと日本をつなぎ、新たな価値を生み出すインバウンドグローバライゼーションを実現した未来には、製造業が知識を売る時代が当たり前になっているだろう。

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